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だいたい、本屋に寄り道するときは誰かが私に本を読ませたいとき。

昨晩も夜中に誰かに起こされた。
定番として、こういう時は枕元で音が鳴り(ラップ音)、話し声が聞こえたり、意識が覚醒して光が見えたりと騒がしい。
このときは神社が見えたからきっとどこかの神様の使いの人でもいらしたのかしら?


私が毎日寝ても覚めても天に向かい問いかけているから憐れに思い現れたのでしょうか?

「神社に神様はいるのでしょうか?」
「神様は誰ですか?」

結界を張りながら各々の神社の由来を知り、私なりの透視リーディングをさせていただいていますが(もちろん失礼のないように)、わからないことが多すぎます。
誰に聞いてもこたえられないほど神社は形骸化してしまったのでしょうか。

そのときにこの本を見つけました。

面白い。
私が考えていたように神社は本来は神降ろしをしていたんですね。

そうです。
霊的な神事ができなくて神様のことをかたれないですよ。
私はそれが当たり前だと思います。

ここから体験談話。

私は宗教にはとても敏感です。
だから、何だかわからないものに手を合わせるのは嫌です。
拝む対象がわけわからず、
ご利益だけを願うのは違うと考えています。
第一、神社はご利益をあげるための存在ではないですよね?

私は20年間位ある宗派の仏教をしてきました。
宗教団体の組織は創立者の思いを完全に裏切り今や巨大な宗教ビジネス化となりました。
それは教団を取り仕切っている人間の意思です。

世界中に信者をつくり、あらゆる分野に手を広げています。
政治、教育、マスコミ、この世のすべてに関わってきました。
社会の権力と闘うと言いながら自分達が権力を握りました。


他の宗教はすべて間違いと見なし、あげくには宗派の坊さん達との間で、僧侶と信徒、どちらが正しいのか?という大戦争を始めました。もうやりすぎです。
バカげています。

こんな宗教団体には安堵の人生なんかありません。
人の幸せを祈る振りをしてたくさんのお布施を集め、生活をきりつめさせて一家を離散に追い込みます。

病気や貧乏が治ると言われ、幸せは七代末まで栄えると言われて入会したら待っていたのは地獄です。

私はまじめな信徒ではなかったのですが、20代から40代までたくさん宗教活動してきました。
いつも上層部のやり方には反発していました。
もちろん幹部にはなるわけがなく、いつもピラミッド組織の底辺で頑張っていました。

人生の裏表をみながら生きてきました。

若いときは世界にこの教えを広げるんだと海外でも活動しました。
元キリスト教の仲間と仏教の素晴らしさを語り明かしたこともあります。
そんなことをする人も回りにはあまりいませんでした。
自分が信じている宗教を世界に布教したいと思うのはどこの宗教も同じです。
現実にそれで戦争になるなら、宗教は何のためにあるのでしょうか?

私のこれまでの体験は語り尽くせないです。
人生の若いときに骨の髄まで宗教の思想を染み込ませ生きてきました。
そこから離れるには死ぬほどの苦しみを味わいながら洗脳を解いてきました。


宗教そのものをどう捉えるかはその本人によるものです。

神道も宗教です。

スピリチュアルはあらゆる思想がまざっています。

あれはだめ!これはいい!というほど私達は宗教もスピリチュアルも知らないのです。

できれば、神道に限らず満遍なく世界の思想を知ってほしいなあとおもっています。