3683C453-096E-4F0D-AC92-D4C4CAE68C2D




数年ぶりに友人に会った。
数十年に及ぶ縁を切った友人だ。
懐かしかった。
友人はこのブログを読んでいたそうだが、
私は完全に遮断をしてきた。
だから久しぶりに会った時は、言い方が悪いが、
相手が地の底から生還してきたように見えた。
地獄のかまどが開いたのか?
そんな衝撃だった。

互いに成長したのだろうか?
まともになったのか?
あれだけの修羅場を体験したからなあ。
周りの人間も巻き込んだ。
暗黒の戦争だったから。


あー、似ているなあ…、恐ろしいほど共感できる。
性格も気質も違うし、年齢も環境も違う。
だけど、似ているのは、感性だ。
痛みを共有できるということ。
似ているから憎んだ。
愛と憎しみは裏合わせ。
この出会いは滑り込みかもしれない。
きっと、ガイドがそうさせたのだろう。

察しのいい知人ならこの文章を読んで、
わかったと思う。



喧嘩する相手は似ている。
似ていなければ喧嘩もしない。
だって合わないから。
一緒にいても感性が合わないのは、
どうでもいいから。
気になる相手は似ているのだ。



私は生まれながら、体が弱い。
健康になるサプリとか、運動とか、そんなものでは
この体質は変わらない。
まさに先祖から続くDNA。
カルマとか、細胞の果てまで、簡単じゃない。
だから仏教も学んだ。
心理学も哲学もカウンセリングも。
医学はしていないが。
西洋医学には興味ないから。

多分死ぬまでこの痛みと体質は続く。
肉体を離れたら楽になるだろう。
それまでは頑張って生きる。
健康で鈍感な人にはわからない。

先の友人は体質が似ている。
それは楽しいことじゃないかもしれない。
でも、痛みを共感できる人がいるのは嬉しい。

そして、
私たちみたいな人間は、弱者と言われる人の
気持ちに敏感だ。
だからそういう仕事もできる。

心身の痛みを感じない人には、対人間の仕事は、
無理だと思う。
もし、そういう仕事をしたいなら、自分と向き合ってから
いらしてください。
セルフカウンセリングです。


自分を見つめる大切さ。

何年ぶりだろうか、心が落ち着いた。